大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(刑わ)1144号 判決

被告人 吉川進吾

昭一三・八・一一生 会社員

主文

被告人を懲役三月に処する。

この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(事件の背景)

一、図書、雑誌、週刊誌の出版を業とする株式会社光文社(東京都文京区音羽二丁目一二番一三号所在)には、かねてから、同社従業員をもつて組織する光文社労働組合(組合員約一五〇名、以下光労組という)および光文社記者労働組合(組合員三七、八名、以下記者労組という)の両組合が結成されていたが、組合員の間には、同社社長神吉晴夫の独裁的な経営方針に対する不満が高まつていた。昭和四五年二月ころ、両組合が会社に対して「賃金の落ち込み撤廃」、「非組合員である室次長の組合員化」など五項目を要求したことから労働争議が発生し、数度にわたる団体交渉を重ねた結果、会社は両組合の要求を全面的に受諾するに至つた。ところが、その間、両組合は、神吉社長が、社員の厚生施設として会社が購入した静岡県伊東市所在の邸宅の存在を社員に隠して自己の別荘として独占使用していることを探知するにおよび、同社長の会社経営に対する不満を爆発させ、会社の回答に満足せず、同年四月一四日の組合大会において、同社長の引責退陣ならびに室次長廃止に伴う賃金格差の解消および春闘の賃金引上げを併せた六万円のベースアツプ要求などを決議してスト権を確立し、同月一七日以降無期限ストライキに突入した。神吉社長は健康を理由として辞任し、代つて丸尾文六が社長に就任した。

二、両組合は、丸尾文六社長に対し、会社の全役員および全組合員の出席のもとにいわゆる大衆団交を開くよう要求し、同年五月初旬連続四回にわたる大衆団交が開かれて、双方の間に神吉前社長が前記伊東の別荘を私物化していたことその他の背任的行為をしていたことを認めること、闘争中の賃金カツトをしないことなど多数の確認書が取り交わされたが、そのころ丸尾社長が高血圧で倒れたため、その後の大衆団交は打ち切られ、同月一一日同社長以下全役員が一斉に辞任するに至り、同月二四日五十嵐勝弥が社長に就任して、新たな役員とともに事態の拾収に乗り出すこととなつた。

三、同年五月二九日および三〇日、会社は東京地方裁判所における和解に基づき団体交渉に応じたが、五十嵐社長が出席せず、両組合が会社側の団交委員のうち監査役、顧問、総務部長および同部長代理の出席に反対したため、実質的な討議は行なわれなかつた。会社は、同年六月九日に至り、組合に対して「丸尾前社長のもとで交わされた各種確認事項は、二百数十人に囲まれた延べ四十数時間にわたる監禁状態のもとで暴力的吊しあげ、罵詈雑言のもとでなされたものであるから一切破棄する」旨を通告するとともに、会社、組合とも出席人員を制限した団体交渉を呼びかけたうえ、同月一一日、突如組合に対してロツクアウトを通告するとともに、社外から労務管理コンサルタントを職業とする武田義昭を労務担当取締役として迎えることとし(同月一三日、正式に就任)、同時に土木会社の鳶職、大工など約四五名を警備員として会社内に導入して、そのころ会社内に泊り込んでいた組合員を実力で排除し、その後も引き続き右の警備員約五名を社員に採用して会社に配置した。

四、このようにして争議が長びくうち、光労組の闘争方針に批判的な一部組合員は、同年六月二七日、全光文社労働組合(以下第二組合という)を結成し、同日会社と団体交渉を行なつた結果就労につき合意に達して業務が再開された。その後、同年七月初めころまでに第二組合の組合員は一二二名に達し、光労組のそれは三七名に減少するに至つた(記者労組から第二組合に加入した者はいなかつた)。そこで光労組、記者労組ならびに事実上両組合と行動を共にしていた主として学生アルバイトから成る光文社の臨時従業員約二五名(のちに同年七月一〇日に至つて光文社臨時労働者労働組合を結成した。以下同組合を臨労組といい、右三組合を第一組合と総称する)は、同年六月二九日就労宣言を発してストライキを解除し、東京地方裁判所における二度目の和解に基づく翌三〇日の団体交渉をはじめとして数回会社と団体交渉を行なつたが、会社側は、武田取締役が強硬な発言をし、神吉前社長の責任問題については、団体交渉の議題とする旨の和解条項に反して話合いを拒否し、六万円のベースアツプ要求についても争議による会社の被害が大きいことを理由にこれを拒否し、逆に組合の争議行為のゆきすぎの責任を追及するに至り、一方組合側は、武田取締役の退陣要求を提出したが、議論が全くかみ合わないまま推移し、第一組合は次第に苦しい立場に追い込まれた。

五、会社は、同年八月一〇日に至つてロツクアウトを解除し、第一組合員に対して個別に自宅待機を命じたのち、間もなくその一部の組合員に対し出社を命じ、その後逐次第一組合員の全員に対し出社を命ずるに至つたが、第一組合の三労働組合からそれぞれ一名が就労に応じたのみであつた。第一組合は、会社が組合と就労につき話し合うことなく組合員個人あてに出社命令を発したのは組合切りくずしをねらう不当労働行為であるとして反発し、いわゆる指名ストライキにより前記三名を除く全員が就労を拒否して会社に対抗するとともに、そのころから第一組合を支援する他社の労組員が結成した光文社闘争支援共闘労働者会議(以下光共闘という)の応援を受けて、毎週三、四回光文社社屋前路上において、第二組合員に対しその協力を求めるためのピケツテイングを開始し、会社に対しては、「職場奪還、武田取締役追放、団交を開け」などのシユプレヒコールをくり返すなどの抗議行動を行ない、これを実力で排除しようとする前記の警備員と激しく衝突する事態がくり返された。その間、同年八月中旬から同年九月初めにかけて、会社と第一組合は数回団体交渉を行なつたが、組合側は、社長が出席すべき旨主張し、これを拒否する会社側との間に実質的な討議のなされぬまま終つた。同年九月末に至つて、会社は、臨労組員全員に対して六ヶ月の雇用契約の期間満了に伴う契約更新を拒否し、さらに同年一〇月三一日、第一組合の幹部九名を就業規則違反を理由として懲戒解雇し、以後第一組合員の会社内入構を拒否するに至つた。そのため、第一組合は、不当解雇撤回ならびに警備員は武田義昭に率いられた暴力団員であるとして暴力団追放を叫んで、前記光共闘の応援を得て、第二組合員に対し右要求につき協力を求めるためのピケツテイングおよび会社に対するシユプレヒコール、ジグザグデモなどの抗議行動を一段と強めたが、これを実力で排除しようとする警備員の殴る、蹴るなどの暴行により、第一組合員に多数の負傷者が出るにおよび、第一組合員も警備員を旗竿で突いたり、これに投石するなどして対抗したため、しばしば警視庁大塚警察署員が出動してこれを規制し、第一組合員が公務執行妨害、不退去罪などで逮捕される事態を招き、労使間の紛争は深刻化していつた。

六、第一組合員は、光文社社屋前で前記ピケツテイング、集会、デモ行進を続ける一方、警備員との衝突を避けるため、付近のバス停留所などで出勤途上の第二組合員を待ちうけて説得するピケツテイング活動を行なつていたが、第二組合員のうちには、右のピケツテイングを避けて午前九時三〇分の就業開始より相当早い時刻に出勤する者もいたことから、昭和四六年二月三日の第一組合と前記光共闘の会議において、翌二月四日には、これらの者もピケツテイングの対象とするため午前六時三〇分ころ光文社前に集合することが決定され、合計十数名の第一組合員および光共闘に属する労組員がこれに参加することとなつた。

被告人は、株式会社光文社の記者で、記者労組に属する組合員であるが、右決定に従つて、昭和四六年二月四日午前六時三〇分ころ十数名の労組員とともに光文社正面玄関付近路上に集合した。同人らは、同社前を南北に通ずる音羽通りを南北両方向から出勤してくる第二組合員に対しピケツテイングを実施するため、その場で二手に分れ、被告人ほか光共闘に属する労組員五名は、音羽通り南方から出勤してくる第二組合員の説得に当ることとなった。そのころ同社警備員五名が乗用車で出勤し、同社内に入つたが、被告人らはそのままその場で待機するうち、同日午前七時四〇分ころ、同社総務部副部長で第二組合に所属する城井睦夫が、右音羽通りを南方から徒歩で出勤してくるのを認めた。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四六年二月四日午前七時四〇分ころ、東京都文京区音羽二丁目一二番一三号株式会社光文社前付近路上において、前記のとおり出勤してきた城井睦夫(当五〇年)を認めたので、同人が第二組合に加入した理由を問いただし、また会社が警備員として暴力団員を雇つていることおよび第一組合に解雇者が出ていることに関して話し合い、同人から意見を徴するとともにこれらに反対の意思を表明することを求めて同人を説得しようと考えたが、前記警備員による妨害を免れるため、ほか五名の労働組合員と共謀のうえ、右城井をその場から他所に連行しようと企て、歩道上を歩いてきた同人に近寄り、いきなり同人を取り囲み、うち二名において両側からそれぞれ同人の腕をつかまえ、被告人において、「実力ピケだぞ、あんたは会社に入れないんだ、どうしてこんなに早く来るのだ」と申し向け、同人が「入れないんだつたら帰ればいいんでしよう」といつて引き返そうとするや、前記の二名においてそれぞれ同人の脇下に手をさし入れて同人を抱え上げながら前方に引つ張り、ほか一名において同人を後方から押し、同人が両足を前方につき出し、腰を低く落として連行されまいと抵抗するのも構わず、同所から音羽通りを横切り同区二丁目一一番先金輪マンシヨン工事現場付近歩道上まで約三〇メートルひきずつたあと、さらに同人の両脇下に手をさし入れたまま引つ張り、後方から押すなどして同所から小路に入り、お茶の水女子大学裏門前を経て二〇〇メートル余の距離にある同区大塚二丁目八番三号山品建設株式会社前歩道上まで強いて同人を連行し、もつてその間同人の身体の自由を拘束して不法に逮捕したものである。

(証拠の標目)(略)

(本件公訴事実中犯罪の成立を認めない部分についての判断)

本件公訴事実は、被告人が、ほか数名と共謀のうえ、昭和四六年二月四日午前七時四〇分ころ、東京都文京区音羽二丁目一二番一三号株式会社光文社前付近路上において、城井睦夫の身体を拘束し、同所から豊島岡墓地前、大塚三丁目交差点、お茶の水女子大学前、大塚窪町公園前等を経て、午前八時一五分ころ、同区大塚三丁目五番一号前大塚一丁目交差点まで強いて連行し、もつてその間同人の身体の自由を拘束して不法に逮捕した旨を訴因として掲げているところ、検察官の冒頭陳述を参照し、かつ前掲実況見分調書ならびに報告書に徴すると、右訴因は、当裁判所においてすでに認定した光文社前路上から山品建設前路上に至るまでの逮捕行為にとどまらず、同所からさらに前記各地点を経て大塚一丁目交差点に至る約一七〇〇メートルに及ぶ間にわたつて、逮捕行為が継続したものと構成されているのである。そこで、右山品建設前路上から大塚一丁目交差点に至るまでの被告人らの行動を明らかにし、これが城井に対する逮捕罪には該当しないものと判断した理由を説明する。

前掲各証拠ならびに証人上田隆文の当公判廷における供述によれば、以下の事実が認められる。

一、被告人ほか五名が判示のとおり城井を連行して東京都文京区大塚二丁目八番三号山品建設株式会社前歩道上に至つたところ、うち一名の女性が、「池袋の喫茶店へ行こう」といつて手を挙げてタクシーを止める仕草をしたため、池袋まで拉致されると感じて恐れた城井は、機会をみて被告人らのもとから逃れるつもりで、被告人に対し、「仲町へ行こう」といつて、いかにも同人が同区大塚三丁目(通称仲町)付近の喫茶店で被告人らとの話し合いに応ずるかのような態度を示したので、被告人らはその旨了承し、同所において、抱えていた同人の腕を離した。

二、そこで、被告人らは、同人を取り囲んで同人とともに同所から大塚三丁目に向つて歩いたが、その間、被告人は、臨労組員の雇用契約の更新拒否、光労組員の解雇、会社に暴力団員がいることなどに関して同人の考えを問いただし、同人は、「解雇はやむを得なかつたのではないか」、「会社が暴力団でないというから暴力団ではないと思う」旨答えるなどのやりとりがあつた。

三、このようにして大塚三丁目交差点に至つた城井を含む被告人らの一団は、さらに同所から同区大塚二丁目一番一号お茶の水女子大学正門前を経て同区大塚三丁目二六番一三号大塚窪町公園付近に至つたが、その間、被告人は城井と前同様解雇問題を話しながら歩き、他の五名はその前後を歩いて喫茶店を探したりしていた。

四、被告人らは、このように城井と話し合う場所として喫茶店を探しながら歩いていたが、早朝であつたため営業している店が見当らなかつたことから、同公園内で同人と話し合おうと考え、「あの公園で話しをしよう」といつて、二名において同人の右手をつかんで引つ張り、他の者が同人を背後から押すなどして歩行を促し、公園へ入る道を数メートル進み、同人を公園内に連れ込もうとした。しかし、もともと被告人らと話し合う気持のなかつた同人が、公園内で吊し上げられるのではないかと畏怖したこともあつて、「あんな人気のないところへは行きたくない」といつて極力抵抗したため、二、三分後に被告人らはこれを諦めてつかんでいた同人の手を離したところ、同人はその場から駆け出して約二〇メートル離れた付近の歩車道を区分するガードレールに足をかけて前記の公園へ入ることをあくまで拒否する態度を示した。被告人らは、同人のあとを追いかけ、うち一名において「そんなことをする必要はないじやないか」といいながら同人の右腿を手で叩き、さらに「池袋へ行こう」などといつたため、同人は、池袋へ行つたのでは救いを求める機会がないと考えて、とつさに、「さつき通つたところに喫茶店があいていたようだ」といつて被告人らにひき返すよう促した。

五、このころ、被告人らは、このような城井の態度からみて、同人が本気で話合いに応ずる意思があるのかを疑うようになつたが、同人の言葉に従つて、とにかく行つてみようという気になり、一団となつてまた歩き出し、再び前記大塚三丁目交差点、お茶の水女子大学正門前を経て、午前八時一五分ころ、同区大塚三丁目五番一号付近の大塚一丁目交差点に至つたが、その間、城井は、大塚三丁目交差点付近で、あいている喫茶店はないかなどと人に尋ねたりして喫茶店を探すふりを装つていた。

六、そのころ、右大塚一丁目交差点においては、警視庁大塚警察署巡査上田隆文が交通整理を行なつていたが、これを認めた城井は、被告人らの一団から走つて抜け出し、背後から同巡査に抱きつき、「労組員につきまとわれて困つている」旨訴えて救いを求めた。被告人らは、同人の右のごとき突然の行動に驚くとともに憤慨して口々に「話し合うといつていながら助けを呼ぶのは卑怯だ」などと同人を非難したが、同人の行動を妨げる行為に出ることはなかつた。

七、上田巡査は、その場で城井および被告人から事情を聴取したのち、城井に対して相手が一人であれば話し合う意思があるのかと尋ねたところ、同人は一対一なら話し合つてもよいと答えたので、両名を交番で話し合わせることとし、被告人を除く前記の五名には帰るよう指示してその場を去らせたうえ、城井および被告人を伴つて前記大塚三丁目交差点角に所在する大塚三丁目派出所に向つた。途中、城井は、上田巡査に向つて交番では一緒にいてもらいたい旨頼んだりしたが、右派出所付近に至るや、突然一人で同派出所と道路をへだてて反対側に所在する同区大塚四丁目四五番一四号小石川消防署内に駆け込んでしまつた。同人は、右消防署内で、あとを追つて入つてきた被告人との話合いを拒み、顔見知りの消防署員に警察への連絡方を依頼し、やがて同署を訪れた警視庁大塚警察署公安係警察官二名に付き添われて、午前九時二〇分ころ、同所を出た。

ところで、不法逮捕罪が成立するためには、人の身体を直接に拘束する手段を講じ、その行動の自由を現実に奪うことを要すると解すべきところ、以上認定した事実によれば、被告人ほか五名は、前記山品建設前路上において、城井が「仲町へ行こう」といつたのちは、同人が話合いに応ずる気になつたものと考えて同人の腕を離し、その後大塚一丁目交差点に至るまでの間(前記一から六まで)、大塚窪町公園付近で同人を同公園内に連れ込もうとした(前記四)以外は、何ら同人の身体に手を触れることなく、一団となつて歩きながら喫茶店を探したり、解雇問題等について同人の考えをただしたりしていたのであり、城井においても被告人との話合いに事実上ある程度応じながら歩き、自らも喫茶店を探すふりを装つて喫茶店はないかと人に尋ねたりもしていたのであつて、被告人らが城井に対し、物理的な力または心理的な制圧を加えてその行動の自由を現実に奪つたことは全く認められないので、逮捕罪に該当しないことは明らかである。もつとも、城井が右のような言動に出たのは、本心から被告人らと話し合う気持になつたからではなく、前判示の逮捕状態から逃れ、被告人らによつて光文社から遠く離れた場所へ拉致されるのを恐れたためであつたことは前示のとおりであり、城井の前掲証言に徴すれば、同人の内心においては、被告人らとの話合いを嫌忌していたのみならず、何をされるかわからないという危懼の念すら抱いていたことが窺われるのであるけれども、当時、被告人らが、城井のそのような心理状態を知つてこれを利用しようとしたことを認めるに足りる証拠はないので、右の事情は何ら前示の結論を左右するものではない。

次に大塚窪町公園付近において、城井を同公園内に連れ込もうとした行為が不法逮捕罪に該当するについて判断するに、同罪を構成する行為は、それによつて人がある程度の時間継続して身体を拘束され行動の自由を奪われるような態様のものであることを要すると解されるところ、当時の状況は前記四において認定したとおりであつて、被告人らの用いた物理的な力は城井の歩行を促す程度の軽度のもので、時間的にもわずかであり、その目的が話合いをすることにあつたことを考慮すると、被告人らの行為の態様は、いまだ逮捕罪としての定型性を備えたものとは認め難いばかりでなく、その行為に至つた経緯ならびにその後の状況に照らすと、当時被告人らに城井の行動の自由を奪つてまで公園内に連れ込む意思があつたものとも認められないのである。

以上の次第で、本件公訴事実のうち、前示山品建設前路上から大塚一丁目交差点に至るまでの間の被告人の城井に対する逮捕の事実は、これを認めることができない。

(弁護人の主張に対する判断)

一、公訴権濫用の主張について

弁護人らは、本件公訴は、公訴事実それ自体何ら罪となるべき事実を包含していないし、かりにしからずとするも、被告人の行為は、その実質的違法性が可罰的程度に達していないのに、検察官が正当な争議行為の弾圧の意図からあえて提起した不当なもので、公訴権の濫用であるから、公訴を棄却すべきである旨主張する。

なるほど、公訴権の濫用ということは考えられないではなく、それを理由として検察官の公訴提起を無効とすべき場合のあることは否定できないが、本件について、公訴事実に対応する犯罪事実が存在することはさきに認定したとおりであり、その実質的違法性の存在もまた肯定されることは次段に説示するとおりであつて、審理過程に現われた本件に関する諸般の事情を考慮に入れても、本件起訴を公訴権の濫用と目すべきほど本件の犯情が軽微であるとか、起訴が公正を欠くとかの事実は認められない。また、検察官の主観的意図のみによつて公訴提起が無効となるものではないと解すべきである。よつて、弁護人らの右主張は採用しない。

二、正当行為の主張について

弁護人らは、被告人の本件行為は正当な行為である、すなわち労働組合法第一条第二項本文により違法性を阻却される争議行為であり、またその違法性の程度において可罰性を帯びない行為であるから罪とならないと主張し、その理由として、概略次のように述べている。すなわち、本件労働争議は、組合の正当な賃金引上げ要求ならびにこれと切り離すことができない永年にわたる会社の不当労働行為の撤回等の要求を含む神吉社長の責任問題の討議を要求する正当な争議行為に対して、会社が、その株式の八〇パーセントを所有する講談社資本の支配介入のもとに、争議の長期化と第一組合の壊滅を図り、不当に団体交渉を拒否し、争議鎮圧を専門とする武田義昭ならびに同人の率いる暴力団員を会社内に迎え入れて組合員に暴力を振わせ大塚警察署と協力し、組合員を挑発して事件を仕立てあげ、御用組合である第二組合が成立するや直ちに第二組合員を就労させる一方、不当に臨労組員の雇用契約の更新拒否、第一組合幹部の解雇を行ない、切りくずしやすいと見た第一組合員に対し最後通牒に等しい不当な個別的出社指示を発したので、これに対抗するため、第一組合が「武田、暴力団追放」、「解雇撤回、全員就労」を要求して指名ストライキを行なつているのであり、その争議行為は全体として正当なものである。そして、(一)本件行為は、第一組合員が、第二組合員に対して、武田、暴力団の支配する職場を肯定するのか、かつて共に闘つた者として理不尽な解雇を黙過できるのかを問いかけるため行なつた補助的争議行為としてのピケツテイングであるから、その目的において正当である。(二)城井は、かつて第一組合員として争議に参加していたのに、争議中不明朗な経緯で結成された第二組合に走つた者で、組合内部の統制違反者、脱落者と類似した性格をもつばかりでなく、会社の労務政策を率先して実行していたいわば末端労務職制的な性格をも兼ね具える最も敵対的な第二組合員であるから、被告人らピケ隊に対し、自らの行動の正当性を弁明すべき義務がある。したがつて、右の弁明をかたくなに拒否する同人に対し、被告人らが説得の機会を得るため同人の出勤を物理的に阻止したとしても、その行為は当然許容さるべきであり、その手段は相当である。(三)城井の意に反する行動があつたとしても、同人には実害がない。(四)被告人らのとつた行動は、暴力団員たる警備員の妨害を避けるため緊急かつ不可避のものであつた。(五)被告人らが、本件行為により保護しようとした法益が労働者の団結権であるのに対し、行為の結果侵害された法益があると仮定してもそれは城井の自己の正当性を弁明せずにすます自由にすぎず、右各法益を比較衡量すること自体無意味である、というのである。

そこで、被告人の判示所為につき違法性を阻却する事由が存在するか否かについて判断するに、この判断は法秩序全体の立場から実質的、具体的になすべきものであるが、特に本件のような労働者の争議行為の正当性については、労働者の団結権および団体交渉その他の団体行動をする権利を保障し、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進してその地位を向上させようとする憲法および法律の趣旨を十分に尊重しつつ、諸般の事情を総合勘案したうえで判断しなければならない。

判示のように光労組および記者労組は、賃金格差の解消、賃金引上げおよびこれと関連する神吉前社長の責任問題の討議等を要求して長期にわたる争議を続け、これに対し会社が警備員を導入してロツクアウトを行ない、武田義昭を取締役に迎えたうえ、第二組合が結成されるやこれと交渉して業務を再開する一方、第一組合員に対しては個別出社命令を発し、臨労組員の雇用契約を拒否し、第一組合幹部を解雇してからは、第一組合はこれらの措置を不当として、解雇撤回、警備員の排除、第一組合との団交による就労等を要求して指名ストを行なうとともに、第二組合員に対するピケツテイングや会社に対する集団示威運動を行なつていたのであるが、前掲証拠によると、右ピケツテイングは、争議の過程で第一組合から離脱していつた第二組合員に対して、第二組合を結成し又はこれに加入した理由を問いただすとともに、解雇問題、警備員排除問題等について話し合い、説得のうえ第一組合の主張に同調を求め、第二組合内において同様の意思表示をするなどの協力を得ることを目的としたものであつて、第二組合員の会社内への入構を窮極的に阻止することを目的としたものではないことが認められる。被告人らの本件行為も右ピケツテイングの一環として実行された争議行為と認められるのであつて、あくまでも城井に対する前記のような話合いと説得のためになされたことが明らかであるから、その目的においては正当であるというべきである。

しかも、前掲証拠によれば、本件当時、会社は第一組合員に対し、社屋への入構を拒否し、会社施設の利用も許さず、ことごとに第二組合員と待遇を差別し、事実上団体交渉を拒否していたことが認められる。また、金子宗三郎ほか一七名に対する昭和三八年一一月八日の東京地方裁判所刑事第二〇部判決写をあわせてみると、会社が配置していた警備員は、土木会社の鳶職、大工などであるが、右土木会社は右判決において博徒幸平一家で貸元清水幸一の幹部と認定された者が経営しており、警備員のうち二名は右判決において同一家の構成員と認定され、暴力行為等処罰に関する法律違反、傷害の罪により懲役刑に処せられた者であることが認められ、前記武田義昭は職業的な労務対策の請負人であつて、これまでも他の出版社等数社の依頼を受けて争議鎮圧にあたり、その際同じ警備員を使用したことがあること、本件争議においてもロツクアウトの際同人が右警備員の派出を手配したことが認められ、さらに右警備員は、常時光文社玄関付近で警備にあたり、第一組合員が社前でピケツテイングを行なつていると、出てきてこれを実力で妨害することがしばしばあつたこと、警備員については、第二組合も結成直後の団体交渉において会社に対し撤去の要請をしたことが認められる。以上の事実を総合して考えると、ロツクアウトを実施した時期以降において会社のとつた措置は、真に労使対等の原則に立つて交渉により争議の妥結を図ろうとする誠意のあるものとは認められず、むしろ実力で争議を鎮圧し、第一組合を崩壊させることを意図していた疑いが濃いのである。このような状況のもとにおいては、第一組合が争議を遂行するために残された対抗手段として、前記ピケツテイングを強力に実施することは当然の成り行きであるともいえるのである。そして、話合いと説得を行なうためには、第二組合員を一定時間停止させて、その機会を得る必要がある。そのため、出勤途上の第二組合員をおしとどめ、取り囲む程度のことは、暴力を行使したり、不当に長時間にわたらない限り許容されるというべきである。さらに、光文社前路上において説得を行なうときは、警備員が出てきて実力でこれを妨害するおそれがあつたと認められる本件においては、これを避けるため第二組合員に対し同行を求め、場合によつては強くこれを促し、喫茶店などにおいて平穏に話し合うことも許容されるというべきである。

ところで、弁護人は、城井が被告人ら第一組合員に対し自己の行動について弁明すべき義務を負つているから、同人を物理的に阻止したとしてもそれは許容さるべきである旨主張するので、この点につき考えてみるに、なるほど、第二組合員らは、光労組内でともに争議に参加していながら、その途中で、何ら争議方針に関する討論を闘わすこともなく、隠密裡に新たな組合を結成して分裂していつたもので、これが第一組合の争議遂行に大きな打撃を与えたことが認められるのであるから、第二組合員としては、第一組合員に対しかかる行動をとつたことにつき弁明するのが労働者としてとるべき態度であり、中でも城井は、会社における職責として、前記警備員らと連絡し、社内の警備関係の事務を担当していたことが認められるので、本件当日、会社の始業までにはまだ相当の時間的余裕のあつたことも考慮すれば、同人は、被告人らの本件ピケツテイングに対して、内心いかにこれを嫌忌していたとしても、徳義上、説得を頭から回避するような態度はとるべきでなく、話合いに応じ、自己の所信を述べるべきであつたと思われるのである。しかし、それはもとより徳義上の問題であつて、本件の諸事情のもとにおいても、これを法的義務として強制すべき理由を見出し難い。しかも、第二組合は、争議離脱者が結成したといつても、前記のとおり組合員数において第一組合を凌ぎ、本件当時には一応自主的な組合としての実体を具えるに至つていたことがうかがわれ、また城井自身は組合分裂に際して積極的な役割を果たした者とも認められない点を考慮すると、もはや同人に対して第一組合の統制権が及ぶものとは解しえないので、組合の統制権をもつて弁明を強制する根拠とする余地はないものといわなければならない。

被告人らの判示所為をみるに、その態様は前示認定のとおりであつて、城井が強く拒否の意思を表明していることが明らかであるにもかかわらず、三名において手をかけ、物理的な力を用いて二三〇メートル余り連行する間同人の身体を拘束し続けたものであり、被告人はみずから手を下さなかつたものの、右のような手段に出ることにつき現場において他の者らと意思を共同して付き添つていたものと認められ、その間城井はその身体および行動の自由を現実に奪われ、同人がこれによつて受けた恐怖は、被告人らの予想をこえていたと思われるが、多大であつたことが認められる。労働者の団結権、争議権が現代社会における重要な権利であることはいうまでもないが、一方身体および行動の自由は、人間の最も基本的な自由であつて、最大限に尊重さるべき法益である。法秩序は全一的なものであり、両者の衝突する場合には、具体的に調整を図らなければならない。被告人の行為は、前記諸事情を考慮に入れてもなおかつ、その手段において争議行為として相当なものとして許容される限度をこえたものであり、暴力の行使であると断ぜざるを得ない。

もつとも、本件のような個人の自由の侵害も、他の具体的な事情により違法性が阻却されることはありうる。弁護人は本件行為が緊急不可避であつたと主張するが、なるほど労働組合の正当な利益に対する急迫した侵害を避けるため、他に方法がなく、やむを得ないでしたような場合に、違法性が阻却されることは考えられる。しかし、本件についてみると、城井に対するピケツテイングに際し、この時機をのがせば同人に対する説得の機会が失われるというほど緊急な事情はなかつたと認めるべきであるから、本件のような逮捕行為までがやむを得ない手段として正当化されるものではなく、しかも、前掲証拠によれば、被告人らが本件行為に着手した際、光文社社屋内に前記警備員が待機していたことは認められるけれども、まだそれが出てきて排除にあたる状況にはなかつたことが明らかであるから、被告人らは城井に対し、まず同行を求め、促すべきであつたといわなければならない。よつて前記の事由によつて違法性が阻却されるということはできない。

以上の考察によれば、被告人の判示所為は、労働組合法第一条第二項本文、刑法第三五条またはその他の事由により正当な行為としてその違法性が阻却されるものではないというべきであり、またその違法性の程度において可罰性のないほど軽微な行為と解することはできない。よつて弁護人らの前記主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法第六〇条、第二二〇条第一項に該当するので、その刑期の範囲内で被告人を懲役三月に処し、情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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